価値を見出せない選択に未来はない
今週のお題「試験の思い出」ということで大学受験のことを書こうと思います
僕が大学受験をした理由は「親に大学に行け」と言われていたから
これだけです。
自分の中で何も納得いかずに勉強もせずゲームばかりしていました。
大学は3校受けさせてもらい、どの試験会場でも当日になってから英単語帳を開いたり
塾のノートを見直したりしていました。
今思うと大学に行く気なんてないと親にしっかり意思表示できていれば
中退するとかお金をかけさせずに済んだと思います。後悔しても仕方がないですね。
中退したと書きましたが、そうです大学に受かってしまったんです。
本当に受かるとは思っていなかったので当時はすごく喜びました
期待していなかったからこそ、結果が出て倍くらい嬉しかったんですね。
しかし大学に入ってからは、授業や人間関係の構築に何の価値も見出せませんでした。
そうやって過ごしていると大学に行くのも授業を選択することもめんどくさくなり
単位0という黒歴史を生み出しました。
卒業できる見込みもやる気もないことを、その時にやっと親に伝え大学を中退しました。
今振り返ってみると最初から他人の価値に沿って納得しない選択をしていたから
何のやる気も出なかったのだと思います。
今思い返すと失敗の経験として生きいますが、掛けたコストが大きすぎたなと感じます
これから何か試験を受ける人は、今自分が受けようとしている試験には
自分の価値に沿っているのかと自問自答してみては?
他人の価値に沿って生きることほど自分の惨めさ、弱さを感じることはないですよ。
弱いけどもがいている人は僕は素敵だと思います。
他人の背中に乗ってただ楽しているだけの本当の弱い人にはならないよう
自分の価値で生きていきましょう。